塔書館 第三地下資料室

episode - シー、という女の子のお話

注:死亡・残酷表現などあります

森と崖に囲まれた街はとてものどかで、文明とはちょっと離れたところにいました。
そんな街に暮らす美人でわがままな母親と、気弱で母親の言いなりな父親の間に、女の子が産まれました。

母親によく似てとても器量の良い女の子でしたが、母親はそれが気に入らなく、ほとんど娘のことを構いません。
とはいえ、世間に虐待をしていると噂されるのは困るので、それなりにきちんとした生活は送ることができました。

最低限のものを与えられ、最低限のことを教わったのでなるべく自分のことは自分でしましたし、母親がいやがるような汚れる家事などは進んでやりました。
どんなにこちらを見ない母親でも、シーにとっては大事な母親だったのです。

シーがX才になったころ、窓の外が真っ白になった日に弟が産まれました。
小さな弟はアレンと名付けられ、両親からとても溺愛されました。
シーがどうだったかというとそれはもちろん、今までのじぶんのなかの大事なことの順番がそっくりかわってしまうくらい、弟のアレンのことが大好きになりました。

アレンはシーと同じ金色の髪に青い瞳を持っていて、覗き込めばいつだってシーを見ては笑ってくれます。
そんなアレンのことをシーはとても大事にし、少しでも触れられる時間があれば一緒に居て、母親がしたがらないお世話とかでも喜んでやりました。
外に行くよりも家の中に居て、いつもふたりで本を読んだりして過ごすことはとてもしあわせな時間でした。

どんなに母親がシーのことを見なかったとしても、アレンといれば寂しいきもちだってどこかへいってしまうのでした。

***

アレンの数回目の誕生日、シーは贈り物をしたいと考えました。
しかし、お姉さんになったとはいえまだまだ子供なシーにはお小遣いも無く、途方に暮れてしまいます。
お誕生日当日、家のお手伝いをすぐにすませ、弟にプレゼントできるものをさがしに街へでかけましたが見つからず、 しょんぼりしながら家に帰ろうとするのですが、 アレンに夢中な両親はすっかりシーのことを忘れて、溺愛する息子のお誕生日パーティに一生懸命になっていました。
暖炉には火が入り、ろうそくはきらきらしていて、テーブルの料理はとてもあたたかそうでした。
しかし家の扉には鍵がかかり、シーは中に入ることができなかったのです。

***

夕暮れよりもずっと暗くなり、少し袖から出しただけで指が凍ってしまいそうな寒さの中、窓の外からそんな光景を見たシーはひとりで街の中をとぼとぼと歩き出します。
家と家の間に挟まれてぽっかりと開いた小さな空き地に座り込み、寒さをしのいでいる時に道端に咲いた花を見て、ふと弟と一緒に読んでいた本に書かれていた珍しい花を思い出しました。
どんな願い事も叶えてくれる、そんな御伽噺みたいな言い伝えのある、かわいい花。
それをプレゼントにしようと、シーは花を見つけるために森の方へ急ぎました。

シーは寒さに震えながらも暗い森を進んで行きます。
本にかいてあったお花の咲く条件に合うようなところを延々と探し回りますが、どこにもありません。

それでもアレンのためにと青い目をきらきらさせながら崖の上まで行ったとき、月がはっきりと森の中を照らしてくれました。
そしてついに、本の中に描かれていた、探していた珍しい花を見つけることができたのです。

疲れてふらふらとしながらも、よろこんでその花を取ろうとしました。
崖の側面に隠れるように咲いていたいるそれに精一杯伸ばした手が、その花が届いたと思ったとき、シーは安心してしまいました。
ああ、と思ったときには体は宙に浮いていて、そしてそのまま一直線に崖下の湖へと落ちてしまったのです。

氷のように冷たい湖は一瞬で体の自由が奪い、もともと泳ぐこともしらないシーはそのまま眠るように意識を失ってしまいました。

その凍るように冷たい両手には、あの花が大事に握られてたまま。

***

…数日・数週間経ち、シーのことを見かけなくなった街の中では、彼女が行方不明なのでは…と噂されました。
弟のアレンは、大好きな姉はどこへいったのかと両親に何度も何度も訪ねましたが、遠くの学校へいったとか、遠くの親戚のところにいったとか…聞くたびに違う答えが返ってきました。
結局シーの行方はわからないまま、アレン以外の誰もがシーのことを忘れてしまうのでした。

関連項目

シー→このお話の主人公の少女。

アレン→シーの溺愛する弟。